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21世紀の資本

アメリカでも日本でもここ10数年で貧富の差がより拡大している、という印象が強いですね。特に日本の場合は、以前ほとんどが中流というイメージだったので、よりそう感じます。アメリカ型の資本主義は、ITや住宅でバブルを作り、それが壊れては危機に陥り、そこから辛うじて抜け出し、拡大していく、モグラの頭たたきゲームをしながら得点数が上がっていくような、仕組みです。これを繰り返す過程で、中間所得層はふるい落とされ低所得層に落ちていき、そこに嵌ったらもう抜けられない、という感じです。

というようなことを考えてたら、Thomas Piketty(トマ・ピケティ)というフランスの経済学者の「21世紀の資本」という本が話題になっています。原題はLe Capital au XXIe siècleでフランスで出版されたのが2013年9月、英語版は2014年4月に出版です。このブログを書いている時点で、フランスでは5万部売れたとか、英語版はデジタル版も入れますと、10万部近く売れたとのことです。日本でも間違いなくベストセラーになることでしょう。(尚、以下の要約はあちこちの書評コラムやピケティの過去の論文、それとピケティのプレゼンのスライドをもとに書きました。「21世紀の資本」という本そのものは読んでいません。)

この本の中でピケティは貧富の差の拡大をデータで明らかにしています。

このグラフが貧富の差拡大、あるいは所得分配の歪みの証拠です。トップ10パーセントの人たちの所得が国民所得全体に占める割合を表したもので、1910年から2010年までのアメリカの数字です。第二次世界大戦から1970年代までは35パーセントを若干下回っていた割合が、その後上昇を続け、2000年代後半にはほぼ50パーセントに達したことを示しています。トップ10パーセントの金持ちが、国民所得の半分を手に入れている、というのは異常としか言えないでしょう。(なお、このチャートはピケティのウエブサイトから入手したものです。誰でもダウンロードできるようになっています。)

PikettyF1

ちょっと細かい話になりますが、ピケティの方法は斬新だと思います。というのは、トップ10パーセントの所得に関するデータを所得税申告書からとっているからです。通常、所得格差の分析は定期的に行われる標本調査(sample survey)を使います。たまたま最近、僕もサンプルに入ってしまって調査を受けたことがありますが、所得の項目は記憶をもとに調査されます。正確に覚えているわけはないし、嘘をつこうと思えば可能です。更に、所得の内、給与所得は比較的はっきりしているとしても、株・債権あるいはその他の投資からの所得は書類を見ない限りわからないでしょう。高額所得者の場合は、投資からの収入が多いことは言うまでもありません。つまり、自己申告の所得調査の数字はそれほど当てにならないということです。ピケティが使ったのは所得税申告書ですから、嘘や間違いである確率は一般調査での自己申告に比べて低いでしょう(ゼロとは言いませんよ、脱税する人はいますから)。

ピケティは国の富(wealth)と所得(income)の比率(富/所得)、そしてその比率がここ数百年の間にどう変わってきたかにも、注目しています。注意してほしいのは、富はストックの概念で、風呂桶に溜まっている水の量に、一方の所得はフローの概念で、風呂に水を入れる時に蛇口から流入する水の量に例えられるでしょう。国の経済が成長すれば所得は増加します、所得が増加すれば(家計で言えば貯金が増えるように)大抵は富も増加します。もちろん、所得以上に消費すれば富は増加しませんが(どころか減ります)。

ピケティ達が集めたデータ(このデータ自体がピケティ達の最大の貢献とも言えるでしょう)によると、富/所得の比率は第二次世界大戦までは減少していましたが、その後徐々に上昇し、このまま行くとヨーロッパで18世紀、19世紀に見られた比率、すなわち所得の6倍から7倍という数値になりそうだ、というのです。単純化しますと、この比率の描くカーブは18世紀から現在に至る期間にU字あるいはV字型をしています。

この変化は何を意味するのでしょう?

細かい論証は省いて結論のみを書きます。富の所有は当然一部の高額所得者もしくは一部の金持ちに偏っています。例えばヨーロッパではトップ10%が三分の二に近い富を、アメリカではトップ10%が七割の富を所有しています。20世紀後半から21世紀にかけて、経済成長が低く抑えられているにもかかわらず、富/所得の比率が上昇しているということは、富の半分近くを所有する富裕層が富の増加部分の大半を手にしているからです。このまま行けば、富裕層の所有する富の割合はこれからも更に増える可能性が高く、19世紀のヨーロッパのように一握りの富裕層が富を独占していた時代に逆戻りするかもしれない、ということです。(2014.5)


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